博物館を巡る裁判例

平成10年12月16日富山地判(平6(ワ)242号 国家賠償等請求事件)・判時 1699号120頁

本件は、富山県立近代美術館(以下「県立美術館」という。)が、原告の製作した「遠近を抱えて」と題する連作版画(「本件作品」)を収蔵していたところ、本件作品及び本件作品等を収録した図録(「本件図録」)を非公開、本件図録を非売品とし、さらに、本件作品を売却し、本件図録を焼却したことから、表現の自由を侵害されたなどとして、被告富山県に対し、損害賠償を求め、被告富山県教育委員会教育長に対し、本件売却及び本件焼却の無効確認並びに本件作品の買い戻し及び本件図録の再発行を求めた事案です。

博物館の自由ないし美術館の自由について

「原告らは、美術館は美術館の自由を有するが、美術館の自由も無制限ではなく、市民の知る権利等を保障するという観点から制約を受けるところ、本件非公開措置等は右制約を逸脱し、違法である旨主張」しました。

しかしながら、裁判所は、「つまるところ、本件非公開措置等が違法であるか否かは、原告らが主張する原告らの知る権利等が本件非公開措置等により侵害されたか否かについての判断に帰することになる」と述べて、「本件非公開措置等が違法であるか否かについて、美術館の自由に対する制約の逸脱という観点から別個に判断する必要をみない」としています。   

知る権利に関する判示部分

裁判所は知る権利と美術館(博物館)側の管理権の調整について以下のとおり判示しています。

利用者の知る権利と管理運営権限の調整基準

「ところで、被告らの主張するように美術館が管理運営上の障害を理由として作品及び図録を非公開とすることができるのは、前記(二)の観点からすると、利用者の知る権利を保障する重要性よりも、美術館で作品及び図録が公開されることによって、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が損なわれる危険を回避、防止することの必要性が優越する場合であり、その危険性の程度としては、単に危険な事態を生ずる蓋然性があるというだけでは足りず、客観的な事実に照らして、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要であると解するのが相当である。」

利用者の知る権利と管理運営権限の具体的な調整

「本件事実関係の下においては、本件作品の特別観覧許可申請の不許可、本件図録の閲覧の拒否については、客観的な事実に照らして、本件作品及び本件図録の公開によって、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が損なわれる、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されたものということはできないから、本件作品の特別観覧許可申請の不許可、本件図録の閲覧の拒否は違法なものというべきである。」

知る権利との調整において厳格な判断基準を採用した理由について

「ところで、富山県立近代美術館条例には図録について閲覧を認める規定はないが、図録の作成頒布が県立美術館の事業の一つとされ、県立美術館は地方自治法二四四条一項にいう公の施設に当たり、県立美術館が所蔵する図録を閲覧することは公の施設を利用することに当たるから、被告県は、地方自治法二四四条二項により、正当な理由がない限り、住民が図録を閲覧することを拒んではならないものと解される。」
「 そして、公の施設がその物的施設を住民に対する情報提供の場ないし手段等に供することを目的として設置されている場合には、住民はその施設の設置目的に反しない限りその利用を原則として認められることになるので、管理者が正当な理由なくその利用を拒否するときは、憲法の保障する知る権利を不当に制限することになると解するべきである。」
「 右のような観点からすると、本件作品の特別観覧許可申請を不許可とし、本件図録の閲覧を拒否しうるのは、本件作品を特別観覧させ、あるいは、本件図録を閲覧させることによって、他者の基本的人権が侵害され、公共の福祉が損なわれる危険がある場合に限られるものというべきであり、このような場合には、その危険を回避し、防止するために、本件作品の特別観覧ないし本件図録の閲覧が必要かつ合理的な範囲内で制限を受けることがあるといわなければならない。」
「 そして、本件作品の特別観覧ないし本件図録の閲覧に対する制限が必要かつ合理的な範囲内のものとして是認されるか否かは、基本的人権としての知る権利の重要性と、本件作品及び本件図録が公開されることによって侵害される他者の基本的人権の内容や侵害の発生の危険性の程度等を較量して決せられるべきである。」
「 そして、右のような較量をするに当たっては、知る権利に対する制限は、基本的人権のうちの精神的自由に対する制限であるから、経済的自由に対する制限における以上に厳格な基準の下でなされなければならないと解するのが相当である。」

博物館を巡る法律事務

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    弁護士齋藤理央

    東京弁護士会所属/今井関口法律事務所パートナー 弁護士
    【経 歴】

    写真(齋藤先生)_edited.jpg

    大阪府豊中市出身

    早稲田大学教育学部卒業

    大阪大学法科大学院修了/最高裁判所司法研修所入所(大阪修習)

    2010年    東京弁護士会登録(第63期)

    2012年    西東京さいとう法律事務所(I2練馬斉藤法律事務所)開設

    2021年    弁理士実務修習修了

    2022年    今井関口法律事務所参画

    【著 作】

    『クリエイター必携ネットの権利トラブル解決の極意』(監修・秀和システム)

    『マンガまるわかり著作権』(執筆・新星出版社)

    『インラインリンクと著作権法上の論点』(執筆・法律実務研究35)

    『コロナ下における米国プロバイダに対する発信者情報開示』(執筆・法律実務研究37)

    『ファッションロー(オンデマンド生産と法的問題点)』(執筆・発明Theinvention118(6))

    『スポーツ大会とスポーツウエアの法的論点』(執筆・発明Theinvention119(1))

    『スポーツ大会にみるマーケティングと知的財産権保護の境界』(執筆・発明Theinvention119(2))

    【セミナー・研修等】

    『企業や商品等のロゴマーク、デザインと法的留意点』

    『リツイート事件最高裁判決について』

    『BL同人誌事件判決』

    『インターネットと著作権』

    『少額著作権訴訟と裁判所の選択』

    『著作権と表現の自由について』

    【主な取扱分野】

    ◆著作権法・著作権訴訟

    ◆インターネット法

    ◆知的財産権法

    ◆損害賠償

    ◆刑事弁護(知財事犯・サイバー犯罪)

    【主な担当事件】

    『リツイート事件』(最判令和2年7月21日等・民集74巻4号等)

    『写真トリミング事件』(知財高判令和元年12月26日・金融商事判例1591号)

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