本件は、コンテンツ関連発明について、原審で一部勝訴していた一審原告(特許権者)が、逆転敗訴(全部棄却)と判断された事案です。
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事案の概要
本件は,一審原告が,一審被告に対し,一審被告の運営するウェブサイト 等において提供されている「地域ターゲティング広告」等のサービスが一審原告 の有する特許権を侵害すると主張した事案でした。
一審原告は(民法709条及び特許法102条3 項に基づく損害賠償請求又は民法703条及び704条に基づく不当利得返 還請求の各一部請求として)30億円及びこれに対する遅延損害金又は利息の支払いを求めていました。
本件(一審原告)発明(原審判決書より)
本件発明1(請求項1)
1A 通信ネットワークを介して,ウェブ情報をユーザ端末に提供するウ ェブ情報提供方法において,
1B1 ユーザ端末に接続されたアクセスポイントが該ユーザ端末に割 り当てた前記アクセスポイントのIPアドレス,およびIPアドレス 25 とアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地 域データベースを用いて,
1B2 前記ユーザ端末に割り当てられたIPアドレスを所有するアク セスポイントが属する地域を判別する第1の判別ステップと,
1C 前記判別された地域に基づいて,該地域に対応したウェブ情報を選 択する第1の選択ステップと,
1D 前記選択されたウェブ情報を,前記IPアドレスが割り当てられた ユーザ端末に送信する送信ステップと,
1E を有したことを特徴とするウェブ情報提供方法。
本件発明2(請求項6)
2A 通信ネットワークを介して,ウェブ情報をユーザ端末に提供するウェブ情報提供装置において,
2B1 ユーザ端末に接続されたアクセスポイントが該ユーザ端末に割 り当てた前記アクセスポイントのIPアドレス,およびIPアドレス とアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地 域データベースを用いて,
2B2 前記ユーザ端末に割り当てられたIPアドレスを所有するアク セスポイントが属する地域を判別する第1の判別手段と,
2C 前記判別された地域に基づいて,該地域に対応したウェブ情報を選 択する第1の選択手段と,
2D 前記選択されたウェブ情報を,前記IPアドレスが割り当てられた 20 ユーザ端末に送信する送信手段と,
2E を有したことを特徴とするウェブ情報提供装置。
一審被告の採っていた方法
被告の地域ターゲティング広告及び天気予報をユーザのパーソナルコン ピュータに提供する装置(以下「被告装置」という。)や,被告装置によるウェブ情報提供の処理手順においては,少なくともISP(インターネットサー ビスプロバイダ)のサーバがユーザPC等に割り当てたIPアドレスを用い て,被告ウェブサーバにアクセスしてきたユーザの地域を判別し,判別した地域に基づいて当該地域に対応した地域ターゲティング広告又は天気予報 を選択して,地域によって異なる地域ターゲティング広告又は天気予報をユ ーザPC等に送信するという作用により,同一URLにおいてもユーザの発 信地域ごとに異なる広告又は天気予報を送信することができました。
原審の結論
原判決(東京地裁)は,一審被告のサービスが一審原告の特許権を侵害すると判断しました。そして、原審は、 損害及び損失に関し,平成26年7月24日(訴訟提起の3年前の日の前 日)までについては不当利得返還債務として,同月25日以降については損害賠償債務として認容すべきものとした上で,10億3109万2361円 及びこれに対する遅延損害金の支払いを認容しました。
控訴審の判断内容
しかし、控訴審は、上記の原審の結論を覆しました。つまり、一審原告による特許権の侵害を否定し、一審原告の請求を全て棄却しました。
争点1<被告方法等が「IPアドレスとアクセスポイントに対応する地域と が対応したIPアドレス対地域データベース」を用いて,「IPアドレスを所 有するアクセスポイントが属する地域を判別」しているか否か>に関する判断
控訴審は、以下のとおり述べて、被告方法は、原告発明の技術的思想を用いていないとして構成要件の充足性を否定し、結果的に特許権を侵害していないと結論づけました。
構成要件1B1等及び1B2等の「アクセスポイントに対応する地域」及 び「アクセスポイントが属する地域」の意義
本件各発明の構成要件1B1及び2B1は「ユーザ端末に接続されたア クセスポイントが該ユーザ端末に割り当てた前記アクセスポイントのIP アドレス,およびIPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対 応したIPアドレス対地域データベースを用いて,」でした。また,構成要件1 B2及び2B2は「前記ユーザ端末に割り当てられたIPアドレスを所有 20 するアクセスポイントが属する地域を判別する第1の判別ステップと,」 (ただし,構成要件2B2は「第1の判別ステップ」が「第1の判別手 段」となっている。)でした。
この構成要件1B1等の「アクセスポイントに対応する地域」と1 B2等の「アクセスポイントが属する地域」が同義ということで当事者間にも争いはありません。
そこで,控訴審裁判所は、上記「アクセスポイントに対応する地域」等の技術的意義についてまず検討します。
まず控訴審裁判所は、「アクセスポイント」はインターネットやパソコン通信のホストにアクセスするために各地に設けられるモデム 等の接続点を意味し(甲16の2),「アクセスポイントが属する地 域」とは,「アクセスポイントという接続点が設置された各地点がその範 囲内にある一定の地域」をいうものと判示しています。
そして、控訴審は、アクセスポイントとは,そこに接続されたユーザ端末に,所有す るIPアドレスを割り当てるものと解されるところ(構成要件1B1等及 び1B2等),本件各発明における「アクセスポイント」は,ダイヤルアップ接続を前提として,複数のIPアドレスを所持し,そのうちの一つを, 接続され認証されたユーザ端末に対して割り当てる装置(サーバ)の所在 場所であると認められると判示しています。
このように、本件一審原告の発明は,①当該アクセスポイントは一定の範囲の連続するIPアドレスを所持していること,②アクセスポイントに接続す るユーザ端末は,同端末が存在する地域と同じ地域に所在するアクセスポ イントに接続することが一般的であること,③アクセスポイントは,接続 されたユーザ端末に,所持するIPアドレスを一つ割り当てること,とい うインターネット接続の基本的な仕組みに関する技術的事項を前提としていました。
また、本件特許出願当時には,一般ユーザのインターネット接続方式はダ イヤルアップ接続がほとんどであり,ダイヤルアップ接続においては,最寄りのアクセスポイントにアクセスして接続を行うことが通常でした(甲3,甲68,甲69,甲70,甲71)。
このように、発明当時は、アクセスポイントは一定の地域性を有していること, ユーザは単位料金区域内の最寄りのアクセスポイントに接続するのが通常 であることなどの事情があり,ユーザ端末はアクセスポイントの設置された地点の近傍 に所在する蓋然性が高いことを利用して,アクセ スポイントの設置場所の近傍をユーザが所在する地域と想定し、地域情報をある程度の確率で提供 することができるというのが一審原告発明の技術的思想でした。
結論
以上を踏まえて、控訴審裁判所は、被告方法等においては,「IPアドレス」と「アクセスポイントに対応する地域」(アクセスポイントの設置場所及びその近傍の地域)とが1対1で対応するデータベースなど 用いておらず,また,「アクセスポイントが属する地域」(アクセスポイン トの設置場所及びその近傍の地域)を判別してもいないと認められ,被告方 法等の構成1b1’及び2b1’並びに1b2’及び2b2’は,本件各発 明の構成要件1B1等及び1B2等を充足しないというべきであると判示しています。