タコの滑り台について、著作権侵害の有無が問われた事件で、東京地方裁判所は著作権侵害を認めませんでした。
本件はいわゆる応用美術に関する重要な裁判例になるかと考えられます。
応用美術を巡る論点は下記をご参照ください。
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事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,原告が製作したタコの形状を模した原告滑り台が美術の著作物又は建築の著作物に該当し,被告がタコの形状を模した公園の遊具である滑り台2基を製作した行為が,いずれも,原告が有する滑り台に係る著作権(複製権又は翻案権)を侵害すると主張した事案です。
原告は、主位的に,著作権侵害の不法行為に基づき,著作権法114条2項により推定される損害額として1基当たり216万円の損害の賠償及びこれらに対する不法行為の日である各滑り台の製作が完成した平成27年2月1
2日及び平成24年4月17日から各支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めました。
また、予備的に,不当利得に基づき,上記損害の額の合計額に相当する432万円の利得金の返還等を,求めた事案です。
たこ滑り台【ミニタコ】
こちらのミニタコは、被告が制作した裁判で問題になっているたこ滑り台 2台のうちの一つ、東久留米市の南町第12緑地のミニタコです。原告のたこ滑り台ではないためご注意ください。また、全てのミニタコは判決文別紙に添付されていますので、そちらもご確認下さい。
本件で判断された争点
本件では、ミニタコと呼称される小型タコ滑り台について、①本件原告滑り台が美術の著作物に該当するか、及び②本件原告滑り台が建築の著作物に該当するか、が判断され、結論として著作物性が否定されたためその他の争点について判断されることなく原告の請求が棄却されました。
小型タコ滑り台【ミニタコ】に対する著作物性に関する裁判所の判示事項
美術の著作物性
裁判所はまず、「本件原告滑り台は,利用者が滑り台として遊ぶなど,公園に設置され,遊具として用いられることを前提に製作されたものであると認められる。したがって,本件原告滑り台は,一般的な芸術作品等と同様の展示等を目的とするものではなく,遊具としての実用に供されることを目的とするものであるというべきである」として、本件原告ミニタコが、いわゆる実用品である事を認定しています。
そして,「実用に供され,あるいは産業上利用されることが予定されている美的創作物(いわゆる応用美術)が,著作権法2条1項1号の「美術」「の範囲に属するもの」として著作物性を有するかについては,同法上,「美術工芸品」が「美術の著作物」に含まれることは明らかであるものの(著作権法2条2項),それ以外の応用美術に関しては,明文の規定が存在しない」として、伝統的な理解を確認しています。
さらに裁判所は、「応用美術のうち,「美術工芸品」以外のものであっても,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものについては,「美術」「の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)である「美術の著作物」(同法10条1項4号)として,保護され得ると解するのが相当である」として、美的特性の有無で著作物性を検討する伝統的規範を適用することを宣明しています。
美術工芸品該当性
裁判所は、「著作権法10条1項4号が「美術の著作物」の典型例として「絵画,版画,彫刻」を掲げていることに照らすと,同法2条2項の「美術工芸品」とは,同法10条1項4号所定の「絵画,版画,彫刻」と同様に,主として鑑賞を目的とする工芸品を指すものと解すべきであり,仮に一品製作的な物であったとしても,そのことをもって直ちに「美術工芸品」に該当するものではないというべきである」として、美術工芸品に該当する条件として、「主として鑑賞を目的とする工芸品を指す」としています。
そのうえで、「本件原告滑り台は,自治体の発注に基づき,遊具として製作されたものであり,主として,遊具
として利用者である子どもたちに遊びの場を提供するという目的を有する物品であって…主として鑑賞を目的と
るものであるとまでは認められない」として、美術工芸品該当性を否定しています。
美術の著作物該当性
本件裁判例は下記のとおり判示して、美術の著作物性を否定しました。
タコの頭部
「本件原告滑り台のうち,タコの頭部を模した部分は,総じて,滑り台の遊具としての利用と強く結びついているものというべきであるから,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない」。
タコの足
「タコの足を模した部分は,いずれもスライダーとして利用者に用いられる部分であるから,滑り台としての機能を果たすに当たって欠くことのできない構成部分といえる」。
「そうすると,本件原告滑り台のうち,タコの足を模した部分は,遊具としての利用のために必要不可欠な構成であるというべきであるから,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない」。
空洞部分
「本件原告滑り台の利用者は,これを滑り台として利用するのみならず,上記空洞において,隠れん坊な
どの遊びをすることもできると考えられる」。
「そうすると,本件原告滑り台に設けられた上記各空洞部分は,遊具としての利用と不可分に結びついた構成部分というべきであるから,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない」。
外観全体
「本件原告滑り台のようにタコを模した外観を有することは,滑り台として不可欠の要素であるとまでは認められないが,そのような外観は,子どもたちなどの本件原告滑り台の利用者に興味や関心を与えたり,親しみやすさを感じさせたりして,遊びたいという気持ちを生じさせ得る,遊具のデザインとしての性質を有することは否定できず,遊
具としての利用と関連性があるといえる」。
「また,本件原告滑り台の正面が均整の取れた外観を有するとしても,そうした外観は,前記(ア)及び(イ)でみたとおり,滑り台の遊具としての利用と必要不可欠ないし強く結びついた頭部及び足の組み合わせにより形成されているものであるから,遊具である滑り台としての機能と分離して把握することはできず,遊具のデザインとしての性質の域を出るものではないというべきである」。
「そうすると,本件原告滑り台の外観は,遊具のデザインとしての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない」。
総合評価
「以上のとおり,本件原告滑り台は,その構成部分についてみても,全体の形状からみても,実用目的を達するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められないから,「美術の著作物」として保護される応用美術とは認められない」。
建築の著作物性
本件裁判例は、下記のとおり述べて本件タコ滑り台が、著作権法上の「建築」に該当するものの、「建築の著作物」には該当しないと判示しています。また、建築の著作物該当性の判断において、本判例では応用美術と同様の基準で判断するとしています。
著作権法上の「建築」該当性について
「著作権法においては,著作物の例示として「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)が掲げられているものの,「建築」についての定義は置かれていない」。
「そのため,「建築の著作物」の意義を考えるに当たっては,建築基準法所定の「建築物」の定義を参考にしつつ,文化の発展に寄与するという著作権法の目的に沿うように解釈するのが相当である」。
「そこで検討するに,建築基準法2条1号が「建築物」という用語の意義について「土地に定着する工作物のうち,屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造のものを含む。)」等と規定しており,本件原告滑り台も,屋根及び柱又は壁を有するものに類する構造のものと認めることができ,かつ,これが著作権法上の「建築」に含まれるとしても,文化の発展に寄与するという目的と齟齬するものではないといえる」。
「そうすると,本件原告滑り台は同法上の「建築」に該当すると解することができる」。
本件タコ滑り台について「建築の著作物」に該当するかの検討
「前記(1)で説示したとおり,本件原告滑り台の形状は,頭部,足部,空洞部などの各構成部分についてみても,全体についてみても,遊具として利用される建築物の機能と密接に結びついたものである。また,本件原告滑り台は,別紙1原告滑り台目録記載のとおり,上記各構成部分を組み合わせることで,全体として赤く塗色されていることも相まって,見る者をしてタコを連想させる外観を有するものであるが,こうした外観もまた,子どもたちなどの利用者に興味・関心や親しみやすさを与えるという遊具としての建築物の機能と結びついたものといえ,建築物である遊具のデザインとしての域を出るものではないというべきである」。
「したがって,本件原告滑り台について,建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるとは認められない」。
大型タコ滑り台「たこの山」
本件では直接の問題とならなかったものの、本件で問題となったミニタコの大型版ともいうべき、大型タコ滑り台「たこの山」も全国に設置されています。下記の調布市立タコ公園の大型タコ滑り台は被告により補修がされたものとのことです。