著作権侵害の刑事手続における許諾の錯誤の弁明と故意立証-記事掲載コメントの見解補足

こちらの記事にコメントさせて頂きました。

また、かなり簡単なコメントですが、いざきちんと文意を伝えようとするとかなりの事項の補足が必要になります。

しかし、興味がある方向けに、自分としても今回のコメントの点について一度思考過程を言語化しておいても役立つ事項であると思ったこともあり、本記事でコメントの意味を補足させて頂きます。

概ねコメントは、刑事責任を問責するケースでの、故意の立証の可否を意識してなされており、違法アプリとの認識については、故意の立証が確実なケース、つまり、刑事責任を問えるケースと理解してコメントしています。

著作権侵害事案における検察官の起訴に対する謙抑的な運用

著作権侵害事案について告訴があったとき、現在、検察官はかなり謙抑的な運用をしていると認識しています(※)。つまり、起訴猶予ではなく、嫌疑不十分として不起訴とするケースが多いと理解しています。

この検察官の起訴判定を巡る基準を理論づけると、下記の理論づけになるものと理解しています。

※また、著作権侵害を巡る民事訴訟でも故意が認定されることは少なく、基本的に少なくとも過失はあるという判断を前提に民事責任を問責していると理解していますが同様に下記の事項に起因する面が大きいのではないかと考えています。

著作権侵害の構成要件と利用許諾

まず大前提として、著作権侵害には、刑事罰が科されます。

例えば著作権法119条1項は、「著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者…は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」と定めます。

次に、著作権法63条1項は、「著作権者は、他人に対し、その著作物の利用を許諾することができる」と定め、同2項は、「前項の許諾を得た者は、その許諾に係る利用方法及び条件の範囲内において、その許諾に係る著作物を利用することができる」と定めています。

このように、権利者の許諾がある著作物の利用行為は、そもそも、著作権等の「侵害」にならないことから、構成要件に該当しないか、或いは構成要件に該当しても違法性が阻却されるということになります。このように、権利者の許諾は構成要件該当性阻却事由、或いは、違法性阻却事由になろうかと思います※。

※構成要件該当性阻却事由或いは違法性阻却事由という講学的な位置づけは、違法性の錯誤を事実の錯誤に位置付ける本邦において、結論にあまり違いを生じないことからここでは言及を省きます。

無罪推定の原則

次に刑事訴訟法336条は、「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪を言い渡さなければならない」と定め、無罪推定の原則を規定しています。つまり、検察官が犯罪事実を立証できない場合は無罪となりますので刑事責任に問責されることはありません。

許諾の錯誤の弁明

著作権侵害事案で多いのが、「利用してよい著作物だと思っていた」、という弁明です。

さらに、この弁明(著作物を利用しても良い場合だと思ったという弁明)には2つの意味が含意されている場合があることにも留意する必要があります。

第1に、法令上著作物を利用してよい事案だと誤信していたという弁明です※。

これに対して、第2に、(客観的には利用の許諾がなかったが、)主観的には利用の許諾があると誤信していた、という趣旨の弁明であるケースです。

つまり、利用許諾があったという弁明もあり得るのですが、その次の次元である、「利用許諾は(客観的に)なかったが、自分の主観としては利用許諾があると思っていた」という弁明を行うケースです。

この弁明は、著作権法上権利者の許諾が構成要件該当性阻却事由或いは違法性阻却事由と位置付けられることから、いずれにせよ、事実の錯誤の主張、弁明ということになろうかと思います。

したがって、原則どおり考えれば、被告人側に争点形成責任はあるかもしれないとしても、一旦利用許諾が客観的にはなかったが主観的にはあると誤信していたと主張された場合、国側において客観的に利用許諾がなかったことに加えて、被告人が主観的にも利用許諾がないことを認識していたことまで、立証する責任を負うことになります。

また、この立証に奏功しないケースは、無罪推定の原則から刑事責任を問うてはならないことになります。

※法律の錯誤の問題となることから違法性の意識の可能性が必要と考えても、例え弁護士に相談して誤った見解を得ていた場合でも、違法性の意識の可能性があるとして、刑事責任は否定されないことになり得るなど、裁判所に問い合わせて適法と回答を得ていたような限定的な場合に限って故意が否定されるのみで、一般的に故意が否定されるケースはあまり想定できないということになろうかと思います。

許諾の錯誤の弁明と故意立証の困難性

問題を難しくするのが、現代社会の著作物の利用許諾に関する認識のあいまいさです。すなわち、実際にあらゆる使用が許諾されている著作物が一般消費者に出回っているケースが多く存在するうえに、様々な利用態様に限定されて一般消費者に利用が許諾されている著作物も多く実在しています。

つまり、現代の社会情勢から、「著作権を侵害した」こと及び「利用許諾が実際になかった」という事実からも直ちに「許諾がないことまで認識していた」という事実を推定することは困難と考えられます。

そのため、原則どおり、任意の自白がない限り、客観的な事情から「許諾がないことまで認識していた」と立証できなければ無実推定の原則から、刑事問責できないということになります。

覚せい剤を誤って体内に摂取するケースは通常想定できません(ので、体内から覚せい剤が検出されたことから故意が推定されるという扱いがあります(東京高等裁判所平成19年2月28日判決等))が、著作物を許諾が実際にはないのに、許諾があると誤信して使用するケースは、現代社会において、ままあり得る、少なくともそういうケースがあることを否定できないというのが一般的な感覚、社会通念ということになろうかと思います。

そうであれば、許諾の誤信が存在しないという推定までは現在できず(あるいは、これは健全なことですが、その推定がされるという前例が確立されているとまでは言えず)、他の事情や任意の自白(及び補強証拠)から、許諾があると真に誤信していた可能性を完全に排斥できない限り、無罪推定の原則から刑事責任に問えないと理解すべきことになります。

実際に、著作権侵害に関しては、検察官は、この考えに近い考え方をしているように見受けられ、起訴に相当慎重な姿勢で、許諾の錯誤の弁明を許す余地のある事案においては、故意の立証不可能と判断して、嫌疑不十分事案として、起訴を見送っている現状があると認識していますし、適切な運用と考えられます。民事訴訟において故意の認定が多くないのも同様の判断が多分に影響していると考えています。

また、そうした運用にならざるを得ないのが、著作権法違反においての許諾の錯誤の排斥の難しさに一因があるというのが、現時点での理解です。

つまり、ここまで言い切って良いかはわかりませんが、著作権侵害については、著作権を侵害したという事実だけから、社会通念上、許諾がないと認識していたと推定が出来ない、言い換えれば、著作権侵害をし、さらに許諾もなかったとしても、通常、「許諾があると誤信していた」ケースはあり得、その場合、他の事情から許諾があると誤診していた可能性を排斥できない限り、無罪推定の原則から、無罪とすべきということになると理解しています。

そうすると、許諾があると認識していたという弁明を一蹴できる客観的な状況※があるか、任意の自白(と補強証拠)がない限り、故意の立証、ひいては刑事責任の問責は不可能であり、また、極めて広範に犯罪が成立する可能性のある著作権法の運用として、バランスの取れた運用であると理解しています。

また、無罪推定の原則からも、その運用が必須ということになります。

以上が、現在の著作権侵害事案に対する刑事実務の運用および、著作権法違反について刑事問責されるケースに対する自身の理解です。

※たとえば、海賊サイトで大規模な著作権侵害を広範囲に繰り返していた場合や、同じ著作物を一度警告を受けながら再び利用した場合など、客観的な状況から権利者の許諾の誤信を排斥できる場合も多くあると考えられます。

コメントについての補足

以下、記事中のコメントです。

(主に刑事を念頭においた法的な責任について問われて)「違法配信アプリと『知っているかどうか』によります。知らなかったのであれば、『過失』ありとして民事上の責任は問われますが、『故意』がないとして、刑事責任は問われないことになります。大概担当者は『知らなかった』と回答しますので、そうなると、刑事責任までは問えないことが多いかと思います」
「担当者が違法配信アプリと『知って』、店舗で流していたのであれば、故意のある著作権侵害で犯罪行為です。その場合、担当者のほか、『法人』も別に罰金刑を受ける可能性があります」

これまでの記載でお分りいただけるとおり、自分の中では現在上記の理解を前提として上記のコメントを見解として示しています。以下補足します。

コメント前段

違法配信アプリと『知っているかどうか』によります。

補足するとこの事案においては、違法配信アプリと知ってあえて店舗で流したという事情が、刑事手続上明らかになっているかどうかによるという意味です。

知らなかったのであれば、『過失』ありとして民事上の責任は問われますが、『故意』がないとして、刑事責任は問われないことになります。

ここも補足すると、(違法アプリと)「知らなかったのであれば(許諾の錯誤を排斥できないケースだと考えますので(※下記参照))、…『故意』がないとして、刑事責任には問われないことになります」という意味です。

大概担当者は『知らなかった』と回答しますので、そうなると、刑事責任までは問えないことが多いかと思います。

例えば、コメントした事案が前提にしている、違法アプリケーションからダウンロードなりストリーミング再生した楽曲を店舗内で再生していたような場合、仮に違法なアプリケーションからのダウンロード等であっても、適法なアプリケーションからのダウンロード等と誤信していたと弁明があれば、自己使用の再生を許諾されていたと誤信していたということになります。そして、ひいては自己使用の範疇として、店舗内で再生することも許諾されていると誤信していたという、許諾の範囲の錯誤の弁明の余地があり、故意がなかった可能性が完全には排斥できないことになると考えています(※ここで、併せて観客から直接収益をあげない店舗のbgm利用のケースは、法令上の営利目的のケースと思わなかった、云々の制限規定に関する誤解の弁明が仮にあったとしても当該弁明は法律の錯誤の弁明と思料され、全く次元が違う弁明であり、ここで問題としている店舗での再生まで許諾されていると誤解していたという弁明と混同しないことがポイントと思われます。法律の錯誤は逆にあまり問題とならず、許諾の錯誤は、事実の錯誤として捉えられているから、大きく問題となり得るのだろうと思います。)。

つまり、適法なアプリケーションからダウンロードしたと誤信していた楽曲について、さらに、店舗内で再生することまで許諾されていると誤信していたという、「許諾の範囲の誤信」は、現在の社会通念からいえば、「あり得る」ことになると理解しており、その場合、そうした「あり得る」誤解のケースと理解できる可能性が完全には排斥できない以上、無罪推定の原則から故意の立証には至らないことになり、刑事責任に問責してはならないことになると理解しています。

このような故意が存在しない余地があるケースは、刑事責任を問われるべきでなく、嫌疑不十分として刑事責任を負うべきでないと考えています。また、その様な運用は、無罪推定からも適正な運用ということになるかと思い自身の見解としては上記のとおりとなりました。

コメント後段

「担当者が違法配信アプリと『知って』、店舗で流していたのであれば、故意のある著作権侵害で犯罪行為です。その場合、担当者のほか、『法人』も別に罰金刑を受ける可能性があります」

ここも少々補足すると、違法配信アプリと知っていたことが、刑事手続上明らかになっているケース、という趣旨です。

コメントでは刑事責任とは有罪判決を受ける場合と想定しています。

すると、上記の事案を例に上記の理解を併せて刑事責任を問いえる場合を想定すると、許諾があると認識していたという弁明を完全に排斥できる客観的な状況が存在するケースを考えるしかないことになります。

例えば上記のケースで故意を認定できるケースがあるとすれば、違法なアプリケーションと認識してあえて店舗内で再生したことまで、判明している事案くらいしか思い当たりません。

違法アプリケーションからの再生であれば、店舗内での再生について、さすがに権利者の同意の認識はあり得ず、この場合はさすがに、無罪推定の原則のもとでも、故意が認められるケースと考えています。

このように、無罪推定の原則を超えて故意を認定でき、刑事責任に問われるというケースをコメントの事例で想定すると、例えば、違法アプリケーションということまで理解して再生していたことが明らかになっている事案位しか想定できないというのが自身の見解です。

以上が、言語化はしていませんでしたが、コメント時の思考過程でした。

今の自身の実務感覚から自然と発生した思考過程で、上記事例では権利侵害過程の著作権法の解釈よりも刑事責任の問責という結果を左右するのは故意の認定の問題が重要というのが自身の見解です。

著作権侵害における刑事業務

弁護士齋藤理央 iC法務(iC Law)リーガルグラフィック東京では、著作権侵害事案における刑事業務を取り扱っています。刑事告訴、刑事弁護など侵害側、被侵害側を問わずご相談をお受けしています。

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弁護士齋藤理央

東京弁護士会所属/今井関口法律事務所パートナー 弁護士
【経 歴】

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大阪府豊中市出身

早稲田大学教育学部卒業

大阪大学法科大学院修了/最高裁判所司法研修所入所(大阪修習)

2010年    東京弁護士会登録(第63期)

2012年    西東京さいとう法律事務所(I2練馬斉藤法律事務所)開設

2021年    弁理士実務修習修了

2022年    今井関口法律事務所参画

【著 作】

『クリエイター必携ネットの権利トラブル解決の極意』(監修・秀和システム)

『マンガまるわかり著作権』(執筆・新星出版社)

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『コロナ下における米国プロバイダに対する発信者情報開示』(執筆・法律実務研究37)

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