インターネット上の嫌がらせの類型に、被害者になりすまして投稿を行うものがあります。このような投稿は、真摯になりすますものであれば、アイデンティティ権の侵害として、なりすましのように見えて単に被害者を摘示するようなケースは名誉毀損などとして、人格権の侵害を構成し得ます。
なりすましによりアイデンティティ権の存在が認められた裁判例があるのですか?
なりすましによりアイデンティティ権の侵害の可能性が認められた裁判例が存在します。平成29年 8月30日大阪地裁判決・判タ 1445号202頁、平成28年 2月 8日大阪地裁判決・判時 2313号73頁などが人格の同一性に関する利益の侵害の可能性を認めています(ただし、事案の結論としては両判例ともアイデンティティ権の侵害を否定しています。)。
アイデンティティ権の侵害はどのような基準で判断されますか?
例えば、「その人格の同一性に関する利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものかどうかを判断して,当該行為が違法性を有するか否かを決すべき」という基準などが示されています。
上記平成29年 8月30日大阪地裁判決・判タ 1445号202頁は、「原告は,権利性が認められている氏名や肖像を冒用されない利益の根源が他者から見た人格の同一性を保持する必要性にあるとすれば,憲法13条後段の幸福追求権又は人格権から他者との関係において人格的同一性を保持する利益であるアイデンティティ権が導き出され,被告が原告になりすまして本件投稿を行ったことは原告のアイデンティティ権を侵害した」という原告主張に対して、アイデンティティ権の侵害があり得ることを認め、下記の規範を定立しました。
すなわち、裁判所は、「個人が,自己同一性を保持することは人格的生存の前提となる行為であり,社会生活の中で自己実現を図ることも人格的生存の重要な要素であるから,他者との関係における人格的同一性を保持することも,人格的生存に不可欠というべきである。したがって,他者から見た人格の同一性に関する利益も不法行為法上保護される人格的な利益になり得ると解される。もっとも,他者から見た人格の同一性に関する利益の内容,外縁は必ずしも明確ではなく,氏名や肖像を冒用されない権利・利益とは異なり,その性質上不法行為法上の利益として十分に強固なものとはいえないから,他者から見た人格の同一性が偽られたからといって直ちに不法行為が成立すると解すべきではなく,なりすましの意図・動機,なりすましの方法・態様,なりすまされた者がなりすましによって受ける不利益の有無・程度等を総合考慮して,その人格の同一性に関する利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものかどうかを判断して,当該行為が違法性を有するか否かを決すべきである」と判示しました(ただし、上述のとおり事案としてはアイデンティティ権の侵害を否定しています。)。