ある著作物の題号(さらに出版日や制作年月日など著作物を特定するに足る情報)を指摘して、著作者でないものが自らを著作者と喧伝する場合、法的な対応は可能でしょうか。
例えば、有名な書籍について題号を指摘して「自らが書いた」、「本当の著作者は自分だ」、「この本にはゴーストライターがいて実は自分だ」と名乗り出るような場合です。
このような場合、著者でない者(著者かどうかは下記の判例の事例では争いがあり、下記に述べるとおりその点も争点化する事例も想定されるところです。)が著書として著作のタイトルとともに著者でない者の氏名あるいは変名を表示する場合は、「著作者又は実演家であることを確保…する」利益を侵害するなどという主張はあり得るのだと思います。
参考になる判例が東京地方裁判所でも出されています。
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平成30年8月2日東京地裁民事46部判決(平成30年(ワ)第8291号 損害賠償等請求事件)
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そもそも著作物の提示がないため氏名表示権適用の場面ではないと判示された事案。
— 弁護士齋藤理央 (@b_saitorio) September 23, 2018
上記判例でも適示されているように、著作物そのものを示さずに題号のみを指摘して著書として氏名を表示する行為は、氏名表示権を侵害しません。著作物の題号のみを適示することは、著作物への公衆への提示を伴わないからです。
著作権法19条1項
著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。
また、名誉声望保持権も侵害しないものと考えられます。題号などだけ示す場合は、「著作物を利用する行為」と言えないからです。
著作権法113条6項
著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。
そして、著作権法は、「著作者又は実演家は…損害の賠償に代えて、又は損害の賠償とともに、著作者又は実演家であることを確保…するために適当な措置を請求することができる」(著作権法115条)と定めています。この規定は著作者人格権等の侵害が要件となっていますが、著作権法19条1項にも、113条6項にも反しない以上著作権法115条に基づいて名誉回復措置を請求することは難しいことになります。
ただし、この規定から、少なくとも、「著作者又は実演家であることを確保」することは、法が一定程度評価している利益(但しこの規定からは著作者人格権等を侵害しない場合まで、法的に保護される利益と評価できるか迄は読み解けません。)であることが宣明されている、とも解釈し得ます。
著作権法115条
著作者又は実演家は、故意又は過失によりその著作者人格権又は実演家人格権を侵害した者に対し、損害の賠償に代えて、又は損害の賠償とともに、著作者又は実演家であることを確保し、又は訂正その他著作者若しくは実演家の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置を請求することができる。
さらに、著作権法は刑罰までおいて、著作者名の虚偽の表示を禁圧しています。この規定の中核的な立法意図は、逆に有名な作家や芸術家などの著作者の名前を利用して、自らの著作を有名な著作者の著作物であると騙って、頒布するような場合です。
しかし、自らの創作でない著作物に自らからの氏名を示して著作物として頒布する場合も禁圧の対象とされています。
著作権法121条
著作者でない者の実名又は周知の変名を著作者名として表示した著作物の複製物(原著作物の著作者でない者の実名又は周知の変名を原著作物の著作者名として表示した二次的著作物の複製物を含む。)を頒布した者は、一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
ただし、著作権法121条においても、著作物の複製物の頒布がない以上、著作権法違反とはならないことになります。
このように、著作物そのものを提示せずに、ある著作物の題号(さらに出版日や制作年月日など著作物を特定するに足る情報)を指摘して、著作者でないものが自らを著作者と喧伝する場合直接は著作権法の規制の対象とならないものと考えられます。
そうすると、一般不法行為の問題とも考えられます。
名誉声望保持権は、一般的な人格権と、氏名表示権などの著作者人格権の中間領域に存在する法益という捉え方もあります。
その意味で、名誉声望保持権よりも一般的な名誉権寄り、あるいは、完全な名誉毀損事案として処理できるかが問題ともなり得ます。
民法709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と定めます。「著作者又は実演家であることを確保」する利益が、著作権法上保護されない場合も、一般的な人格権としてこの「法律上保護される利益」に該当するのか、言い換えれば法律上の保護まで与えられているのかが問題となります。
世間の認識として「著作者又は実演家であることを確保…する」権利は法的に保護されていると言い得ると思います。
実際に著者でない者が著作の著者であると偽る行為は事例によっては、そうした著作者であると世間から認識されるという名誉声望の一内容を毀損すると言い得るケースもあるかもしれません。その意味で態様によって名誉毀損が成立するかの問題ともし得るものと解されます。
その場合は、著作物の利用を伴わないケースではみなし規定違反や氏名表示権侵害ではなく一般不法行為が成立するかどうかの問題となり、もし名誉毀損の枠組みで判断されるのであれば、その場合は適示の真実性なども問題となり、実際に著作者であるかも違法性阻却事由の存否というフレームの中で、判断範囲になるものと思われます。
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