令和3年プロバイダ責任制限法改正による発信者情報開示請求の対象情報拡充について

プロバイダ責任制限法について令和3年大改正がされることになりました。この改正により、発信者情報開示の対象となる情報が拡充し、また、開示義務を負うプロバイダの範囲も拡大しています。

発信者情報開示請求権に関する改正

発信者情報開示請求権の根拠規定であるプロバイダ責任制限法4条も大幅に改正されています。

法律上の最も大きな改正点は、開示の客体(開示される情報の範囲)が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に加えて、新たに設けられた開示客体である「当該侵害関連通信に係る発信者情報」にまで拡充された点です。

また従来開示の客体とされていた「当該権利の侵害に係る発信者情報」が、「特定発信者情報」※と、「特定発信者情報…以外の発信者情報」に分けられました。さらに「特定発信者情報」と、「特定発信者情報…以外の発信者情報」とで、開示の条件が分けられています。

※「発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるもの」。但し、改正総務省令はまだ発表されていません。

また、開示関係役務提供者の範囲も拡充されています。

発信者情報開示請求権を定めた条文の対比

発信者情報開示請求権は、プロバイダ責任制限法4条に定められていました。これが、今回の改正によりプロバイダ責任制限法5条から7条に分けられ、5条から7条は第三章「発信者情報の開示請求等」として一つの章にまとめられています。

改正前4条1項は改正後5条に、改正前4条2項及び4項は改正後6条に、改正前4条3項は改正後7条にそれぞれ変更され、加筆修正されています。

改正前・プロバイダ責任制限法4条

1 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下「開示関係役務提供者」という。)に対し、当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の開示を請求することができる。

一 侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。

二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。

2 開示関係役務提供者は、前項の規定による開示の請求を受けたときは、当該開示の請求に係る侵害情報の発信者と連絡することができない場合その他特別の事情がある場合を除き、開示するかどうかについて当該発信者の意見を聴かなければならない。

3 第一項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない。

4 開示関係役務提供者は、第一項の規定による開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じた損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該開示関係役務提供者が当該開示の請求に係る侵害情報の発信者である場合は、この限りでない。

改正前特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条

改正後・プロバイダ責任制限法第3章

1 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対し、当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報(発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるものをいう。以下この項及び第十五条第二項において同じ。)以外の発信者情報については第一号及び第二号のいずれにも該当するとき、特定発信者情報については次の各号のいずれにも該当するときは、それぞれその開示を請求することができる。

一 当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。

二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他当該発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。

三 次のイからハまでのいずれかに該当するとき。

イ 当該特定電気通信役務提供者が当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報を保有していないと認めるとき。

ロ 当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報が次に掲げる発信者情報以外の発信者情報であって総務省令で定めるもののみであると認めるとき。

(1) 当該開示の請求に係る侵害情報の発信者の氏名及び住所

(2) 当該権利の侵害に係る他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報

ハ 当該開示の請求をする者がこの項の規定により開示を受けた発信者情報(特定発信者情報を除く。)によっては当該開示の請求に係る侵害情報の発信者を特定することができないと認めるとき。

2 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときは、当該特定電気通信に係る侵害関連通信の用に供される電気通信設備を用いて電気通信役務を提供した者(当該特定電気通信に係る前項に規定する特定電気通信役務提供者である者を除く。以下この項において「関連電気通信役務提供者」という。)に対し、当該関連電気通信役務提供者が保有する当該侵害関連通信に係る発信者情報の開示を請求することができる。

一 当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。

二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他当該発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。

3 前二項に規定する「侵害関連通信」とは、侵害情報の発信者が当該侵害情報の送信に係る特定電気通信役務を利用し、又はその利用を終了するために行った当該特定電気通信役務に係る識別符号(特定電気通信役務提供者が特定電気通信役務の提供に際して当該特定電気通信役務の提供を受けることができる者を他の者と区別して識別するために用いる文字、番号、記号その他の符号をいう。)その他の符号の電気通信による送信であって、当該侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるものとして総務省令で定めるものをいう。

改正後特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第三章発信者情報の開示請求等(発信者情報の開示請求) 第五条 

1 開示関係役務提供者は、前条第一項又は第二項の規定による開示の請求を受けたときは、当該開示の請求に係る侵害情報の発信者と連絡することができない場合その他特別の事情がある場合を除き、当該開示の請求に応じるかどうかについて当該発信者の意見(当該開示の請求に応じるべきでない旨の意見である場合には、その理由を含む。)を聴かなければならない。

2 開示関係役務提供者は、発信者情報開示命令を受けたときは、前項の規定による意見の聴取(当該発信者情報開示命令に係るものに限る。)において前条第一項又は第二項の規定による開示の請求に応じるべきでない旨の意見を述べた当該発信者情報開示命令に係る侵害情報の発信者に対し、遅滞なくその旨を通知しなければならない。ただし、当該発信者に対し通知することが困難であるときは、この限りでない。

3 開示関係役務提供者は、第十五条第一項(第二号に係る部分に限る。)の規定による命令を受けた他の開示関係役務提供者から当該命令による発信者情報の提供を受けたときは、当該発信者情報を、その保有する発信者情報(当該提供に係る侵害情報に係るものに限る。)を特定する目的以外に使用してはならない。

4 開示関係役務提供者は、前条第一項又は第二項の規定による開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じた損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該開示関係役務提供者が当該開示の請求に係る侵害情報の発信者である場合は、この限りでない。

改正後特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第三章発信者情報の開示請求等(開示関係役務提供者の義務等) 第六条 

第五条第一項又は第二項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者情報に係る発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない。

改正後特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第三章発信者情報の開示請求等(発信者情報の開示を受けた者の義務) 第七条 

改正後の「開示関係役務提供者」の拡充について

この拡充は、インターネットサービスプロバイダのうち、侵害情報の投稿に関連した通信を媒介していないものの、侵害情報の投稿に用いられたアカウント等にログインした通信を媒介したインターネットサービスプロバイダについて、「特定電気通信役務提供者」に該当しない可能性があるため、新たに「関連電気通信役務提供者」を設けてログイン通信などを媒介したインターネットサービスプロバイダも開示義務を負うことを明らかにする意図などがあるものと理解されます。

七 開示関係役務提供者 第五条第一項に規定する特定電気通信役務提供者及び同条第二項に規定する関連電気通信役務提供者をいう。

改正後特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律 第二条

改正後の3つの開示客体

改正後のプロバイダ責任制限法は、①「特定発信者情報」、②「特定発信者情報…以外の発信者情報」からなる「当該権利の侵害に係る発信者情報」(①+②)に加えて③「当該侵害関連通信に係る発信者情報」を開示の対象としています。この開示客体の分類と拡充が最も重要な改正点と思料されます。

「当該侵害関連通信に係る発信者情報」

今回新たに発信者情報開示の対象として加えられた情報です。ここで、「侵害関連通信」とは、「侵害情報の発信者が当該侵害情報の送信に係る特定電気通信役務を利用し、又はその利用を終了するために行った当該特定電気通信役務に係る識別符号(特定電気通信役務提供者が特定電気通信役務の提供に際して当該特定電気通信役務の提供を受けることができる者を他の者と区別して識別するために用いる文字、番号、記号その他の符号をいう。)その他の符号の電気通信による送信であって、当該侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるものとして総務省令で定めるものをいう」と定められています(改正後プロバイダ責任制限法5条3項)。

つまり、ツイッターやインスタグラム、ブログサービスなどにログインしたり、ログアウトした際の通信ログや、当該通信ログに用いられた通信サービスの契約者情報などが第一義的に「当該侵害関連通信に係る発信者情報」に該当することが予定されていると理解されます。

なお、「関連電気通信役務提供者」からは「当該特定電気通信に係る前項に規定する特定電気通信役務提供者である者を除く」こととされています。よって、請求者は、前項に規定する特定電気通信役務提供者に対して、プロバイダ責任制限法5条2項によっては開示請求できないことになります。すなわち、「当該侵害関連通信に係る発信者情報」については、「関連電気通信役務提供者」のみが開示義務を負うという条文になっていることに注意が必要です。

「特定発信者情報…以外の発信者情報」

従来的な開示の対象としての発信者情報から特定発信者情報を除いた情報と理解されます。基本的には従来の発信者情報と理解していいものと考えられます。いずれにせよ、情報の範囲の確定については、総務省令改正による特定発信者情報の範囲の確定を待つほかないものと思われます。

「特定発信者情報」

特定発信者情報は、「発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるもの」とされています(但し、改正総務省令はまだ発表されていません。)。従来開示について争いのあったログイン情報などもこの中に含まれている場合があるものと理解されます。私見ですが裁判所の判例傾向と平仄を合わせた形ではないかと思われます。又併せて私見ですが、「特定発信者情報」はなんの限定も付さないと「当該権利の侵害に係る発信者情報」に加えて「当該侵害関連通信に係る発信者情報」にも含まれる部分が多いように思われます。

すなわち、プロバイダが「特定電気通信役務提供者」に該当する場合は改正後5条1項により発信者情報を請求し、それ以外の場合で、プロバイダが「関連電気通信役務提供者」に該当する場合は改正後5条2項により発信者情報を請求することになりそうです。

いずれにせよ、この情報の範囲は総務省令改正を待つほか無いように思われます。

特定発信者情報の開示要件

特定発信者情報は、特定発信者情報以外の発信者情報と異なり「次のイからハまでのいずれかに該当するとき」にのみ開示が認められます(改正後プロバイダ責任制限法5条1項3号)。

まず、「当該特定電気通信役務提供者が当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報を保有していないと認めるとき」(同号イ)です。つまり、プロバイダが特定発信者情報しか持っておらず、その他の発信者情報を保有していないケースでは、特定発信者情報が開示の対象となります。

次に、「当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報が」「当該開示の請求に係る侵害情報の発信者の氏名及び住所」「当該権利の侵害に係る他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報」「以外の発信者情報であって総務省令で定めるもののみであると認めるとき」(同号ロ)も特定発信者情報を開示できることになります。 つまり、通常の発信者情報としてプロバイダが保有している情報が氏名及び住所以外のメールアドレスや電話番号などのみか、他のプロバイダも特定できない情報でしかない場合、特定発信者情報を開示できることになります。

最後に、「当該開示の請求をする者がこの項の規定により開示を受けた発信者情報(特定発信者情報を除く。)によっては当該開示の請求に係る侵害情報の発信者を特定することができないと認めるとき」も特定発信者情報を開示できることになります(同号ハ)。 つまり、イで言うようなプロバイダが特定発信者情報しか持っていない状況でなくとも、プロバイダから開示を受けた発信者情報だけでは特定が困難な状況がある場合、特定発信者情報の開示が認められることになります。

改正後の開示義務を負うべき開示関係役務提供者の範囲も拡充されています。

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弁護士齋藤理央

東京弁護士会所属/今井関口法律事務所パートナー 弁護士
【経 歴】

写真(齋藤先生)_edited.jpg

大阪府豊中市出身

早稲田大学教育学部卒業

大阪大学法科大学院修了/最高裁判所司法研修所入所(大阪修習)

2010年    東京弁護士会登録(第63期)

2012年    西東京さいとう法律事務所(I2練馬斉藤法律事務所)開設

2021年    弁理士実務修習修了

2022年    今井関口法律事務所参画

【著 作】

『クリエイター必携ネットの権利トラブル解決の極意』(監修・秀和システム)

『マンガまるわかり著作権』(執筆・新星出版社)

『インラインリンクと著作権法上の論点』(執筆・法律実務研究35)

『コロナ下における米国プロバイダに対する発信者情報開示』(執筆・法律実務研究37)

『ファッションロー(オンデマンド生産と法的問題点)』(執筆・発明Theinvention118(6))

『スポーツ大会とスポーツウエアの法的論点』(執筆・発明Theinvention119(1))

『スポーツ大会にみるマーケティングと知的財産権保護の境界』(執筆・発明Theinvention119(2))

【セミナー・研修等】

『企業や商品等のロゴマーク、デザインと法的留意点』

『リツイート事件最高裁判決について』

『BL同人誌事件判決』

『インターネットと著作権』

『少額著作権訴訟と裁判所の選択』

『著作権と表現の自由について』

【主な取扱分野】

◆著作権法・著作権訴訟

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◆知的財産権法

◆損害賠償

◆刑事弁護(知財事犯・サイバー犯罪)

【主な担当事件】

『リツイート事件』(最判令和2年7月21日等・民集74巻4号等)

『写真トリミング事件』(知財高判令和元年12月26日・金融商事判例1591号)

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