今回の規則案では、裁判例における開示傾向など近時の実務状況を踏まえるとかえって開示範囲が狭くなる。このような改正が被害者救済の名の下に行なわれるのは遺憾という他ない。
コンテンツプロバイダ(CP)とインターネットサービスプロバイダ(ISP)から開示を受けられる情報の範囲に傾斜がつけられていない点
そもそも致命的なのはコンテンツプロバイダ(CP)とインターネットサービスプロバイダ(ISP)から開示を受けられる情報の範囲に傾斜がつけられていない点である。CPからは網羅的なアクセスログの開示を認める裁判例(東京地裁民事47部令和4年1月20日判決・令和3(ワ)5668)も存在する。この裁判例で問題にされたのはそもそも開示される情報がアクセスログに止まるCPと、氏名住所など匿名表現の自由の核心への侵襲を伴うISPからの開示の段階で開示情報の範囲に明確に傾斜がついていない合理的な理由が明らかでない点である。加えて手元にアクセスログがないCPに対する開示請求において被害者側に個々の通信の開示の必要性・許容性について立証する材料が何ら存在しない。したがって、細かな要件を定めて開示情報の限定を行ってもC Pから開示されるべき情報が当該要件に当たることを立証することは困難である。よって、CPからは網羅的な情報開示を認めなければ発信者の特定は事実上不可能となりかねない。
ログイン情報など開示情報の範囲について
次に、ログイン情報の開示範囲について、合理性を全く欠いた意図の了解が困難な開示範囲の限定が行なわれている。そもそもログアウト情報やアカウント削除時の通信を開示範囲としながら投稿前のログイン情報に限り投稿後のログイン情報の開示を認めない合理的理由が明らかでない。 また、「直近」という文言も曖昧で争点化する恐れがある。アカウント開設時や、アカウント閉鎖時の情報まで開示できるというなら「直近」は「近接」という程度の表現にすべきである。
加えて、そもそも時間的な近接性だけが開示範囲の評価対象となっている点は極めて合理性を欠く。被害者の権利救済の要請と発信者の匿名表現や通信の秘密、あるいは人違いの恐れの回避の利益の衡量において問題となるのは時間的近接性だけではない。固定IPであるか動的IPであるか、アカウントの投稿内容、SNSのセキリュティの高さなど枚挙にいとまのない要素が問題となる以上、時間的近接性というファクターだけに着目するのは著しくバランス感覚を欠いている。
そもそも適切な開示範囲を限定列挙するのは不可能で、包括条項を設けるほか被害者救済の道は存在しない。